管理人です。
10月4日の凱旋門賞に向けて、今年もアドマイヤテラとメイショウタバルという日本馬が動き出しています。馬の話は各所で語られていますが、では日本人騎手は、この舞台でどこまで戦ってきたのか。
調べてみると、意外と知られていない事実がいくつも出てきました。
今回は、凱旋門賞に挑んできた日本人騎手の足跡を整理します。
日本人騎手の最高成績は「2着」、しかも2回とも同じ人
まず押さえておきたい事実から。日本馬は凱旋門賞で4度2着になっていますが、そのうち日本人騎手が手綱を取っていたのは2回だけです。
そして、その2回はどちらも同じ騎手によるものでした。蛯名正義騎手です。
- 1999年 エルコンドルパサー 2着 ― 勝ち馬モンジューを最後まで追い詰めた、日本調教馬初の2着。
- 2010年 ナカヤマフェスタ 2着 ― 勝ち馬ワークフォースとアタマ差。
一方、オルフェーヴルが2012年・2013年と2年続けて2着に入ったときの鞍上は、クリストフ・スミヨン騎手でした。つまり日本馬の4度の2着のうち、半分は外国人騎手によるものということになります。
蛯名騎手は2011年もナカヤマフェスタで参戦し、このときは11着。同じ馬で2年続けて挑んだという点も含めて、日本人騎手として凱旋門賞にもっとも深く関わってきた一人と言っていいでしょう。
武豊騎手、10度を超える挑戦
回数という点で群を抜いているのが武豊騎手です。
初挑戦は1994年、ホワイトマズル。イタリアダービー馬とのコンビで6着でした。日本人騎手が凱旋門賞に乗ること自体がまだ珍しかった時代の話です。
そして2006年、ディープインパクト。無敗の三冠馬とともに向かい、3位で入線しました。ただしレース後の検査で禁止薬物が検出され、失格となっています。着順としては記録に残っていません。
直近では2022年、ドウデュースで参戦し19着。これが10度目の挑戦とされています。
30年近くにわたって挑み続け、まだ勝てていない。数字だけを見ればそうなりますが、これだけの期間、第一線で乗り続けて挑戦の機会を得続けていること自体が異常なことだとも思います。
2026年、鞍上はこの2人
そして今年です。
武豊騎手 × メイショウタバル
宝塚記念を連覇したメイショウタバルとのコンビで、また凱旋門賞へ向かいます。前哨戦を使わず本番へ直行するという組み立てです。
坂井瑠星騎手 × アドマイヤテラ
天皇賞・春3着のアドマイヤテラとのコンビ。8月の札幌記念で始動しましたが、結果は9着でした。友道康夫調教師は「2000mのペースが全く合っていなかった」と距離適性を敗因に挙げており、2400mの本番へ向けて仕切り直しとなります。
叩いて向かう坂井騎手と、直行を選んだ武豊騎手。同じ舞台に、まったく違う道筋で二人の日本人騎手が向かうという構図は、それ自体が今年の見どころのひとつです。
管理人のひとこと
調べていて、いちばん印象に残ったのは蛯名正義騎手の名前が2度出てくることでした。1999年と2010年。11年も間隔が空いているのに、どちらも同じ人が2着まで持ってきている。
偶然と言ってしまえばそれまでですが、あの馬場で結果を出すために必要な何かを、この騎手は掴んでいたのかもしれません。
そして武豊騎手の30年。勝てていないという事実だけを取り出せば厳しい記録ですが、挑み続けられること自体が一つの才能なのだと思います。1994年にホワイトマズルで乗った人が、2026年もまだ同じレースに向かっている。それだけで十分すごい話です。
10月4日、パリロンシャン。今度こそ、日本人騎手が先頭でゴール板を通過する場面を見たいと思います。
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