管理人です。
高杉吏麒騎手のフリー転向から、そろそろ4週間が経とうとしています。この件についてはこれまで何度か書いてきましたが、そのたびに目にするのが「フリーになると、そもそも何がどう変わるの?」という素朴な疑問です。
言われてみれば、当たり前のように使っている「所属」と「フリー」という言葉も、中身を説明しようとすると意外に難しいものです。
今回は噂の話はいったん脇に置いて、フリーの騎手がどうやって乗り馬を集めているのか、その仕組みそのものを整理します。
高杉騎手の関連記事に関しては最後にまとめておりますので、そちらも合わせてご覧ください。
「所属」と「フリー」は何が違うのか
まず大前提として、中央競馬の騎手は、厩舎に所属することを義務づけられていません。厩舎に所属する騎手と、どこにも属さないフリー騎手の2通りがあり、どちらを選ぶかは本人次第です。
ただし、フリーといっても完全な個人事業主として放り出されるわけではありません。フリー騎手も美浦か栗東どちらかのトレーニングセンターには所属していますし、JRAの騎手であることに変わりはありません。今回の発表が「栗東・フリー」という表記だったのは、そういう意味です。
では厩舎に所属すると何が得られるのか。大きく三つあります。
- 所属厩舎の馬に乗せてもらえる。レースはもちろん、日々の調教でも騎乗機会が確保されます。
- 定期的な収入がある。調教に乗ることへの手当という形で、厩舎から支払いを受けられます。
- 師匠がいる。技術面はもちろん、生活面まで含めて面倒を見てもらえる環境があります。
デビューしたばかりの若手にとって、これは非常に大きい。乗る馬がなければ腕を磨きようがありませんし、勝てなければ次の依頼も来ません。最初の数年をどこで過ごすかは、その後のキャリアを左右します。
実は、数年で厩舎を出るのは珍しくない
ここが、今回いちばんお伝えしたい点です。
近年の騎手のキャリアには、ある程度決まった流れがあります。デビュー直後は所属厩舎で下積みを重ね、数年かけて実績と人脈をつくり、そのうえでフリーになる。これが標準的なコースとされています。
実際、第一線で活躍しているベテランや中堅の多くはフリーです。逆に、若手や新人は厩舎に所属している割合が高い。つまり「フリーになる」こと自体は、下積みを終えて独り立ちするという、むしろ前向きな節目なのです。
この点を押さえておくと、今回のニュースの見え方も少し変わってきます。所属変更という言葉の響きから何か特別なことが起きたように感じられますが、キャリアの段階として見れば、3年目でフリーになること自体はごく自然な流れの中にあります。
もちろん、今回それがどういう経緯だったのかは公表されていません。ただ、「フリー転向=異常事態」と受け取るのは、制度の実態からするとやや行き過ぎだということです。
乗り馬はどこから来るのか――エージェントという存在
では、所属厩舎という後ろ盾がなくなったフリー騎手は、どうやって乗り馬を確保するのでしょうか。
ここで登場するのが「騎乗依頼仲介者」、いわゆるエージェントです。
エージェントとは、騎手に代わって、馬主や調教師からの騎乗依頼の受付を行う人のことです。JRAが正式に制度化したのは2006年4月。それ以前から個人的に近い役割を担う人はいましたが、現在ははっきりとしたルールのもとで運用されています。
週に何十頭という依頼を、騎手本人がすべてさばくのは現実的ではありません。どのレースでどの馬に乗るのが最善かを見極め、調整する。それがエージェントの仕事です。競馬専門紙の記者が務めているケースも多く、日々トレセンに出入りして情報を持っている人が向いている、という事情もあります。
ただし、この制度にはきちんと歯止めがかけられています。
- 1人のエージェントが担当できる騎手の数には上限がある。3名まで、これに若手騎手を1名加えて最大4名までと定められています。
- エージェントは勝馬投票券を買えない。2018年1月1日から禁止されています。誰がどの馬に乗るかを事前に知りうる立場だからです。
担当人数に上限があるということは、有力なエージェントの枠は常に埋まっているということでもあります。フリーになった騎手が真っ先に直面するのは、実はこの現実的な問題です。
なお、エージェントをつけずに自分で依頼を受けている騎手もいます。全員が必ず契約しているわけではありません。
フリーの厳しさと、フリーの自由
整理すると、フリーになるということは、こういうことです。
失うもの。所属厩舎から自動的に回ってくる乗り馬と、定期的な収入。そして、何かあったときに間に入ってくれる師匠の存在。
得るもの。特定の厩舎に縛られず、どの厩舎からでも依頼を受けられる立場。所属していると、同じ日に所属厩舎の馬と有力馬が重なったとき、前者を優先せざるを得ない場面もあります。その制約がなくなります。
要するに、安定を手放して、可能性を取りにいく選択です。
だからこそフリー転向は、実績を積んで「もう自分の腕だけでやっていける」と判断した騎手が選ぶ道とされてきました。第一線のジョッキーの多くがフリーであるという事実が、それを裏づけています。
管理人のひとこと
制度の話として書いてきましたが、調べていて思ったことがあります。
フリーという立場は、結局のところ「誰かが乗せたいと思ってくれるかどうか」だけで成り立っています。厩舎という保証がない以上、毎週毎週、依頼という形で評価を突きつけられる。勝てば増え、勝てなければ減る。これほど分かりやすく、これほど容赦のない世界もそうありません。
ただ、それは裏を返せば、実力さえあれば誰にも邪魔されない世界だということでもあります。どこの厩舎の出身かも、誰の弟子かも関係なく、結果を出した人のところに馬が集まる。厳しさと公平さは、たいてい同じものの表と裏です。
いま高杉騎手が置かれている状況を、外から軽々しく語るつもりはありません。ただ、フリーという道そのものは、決して行き止まりではない。むしろ多くの一流騎手が通ってきた、ごく当たり前の道です。
次に彼の名前が出馬表に並んだとき、それは誰かが「この馬に乗せたい」と判断した結果だということになります。その一鞍を、静かに待ちたいと思います。
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