管理人です。
8月23日の中京6Rで、5週間ぶりに騎乗する高杉吏麒騎手。その一鞍を託したのが、前川恭子調教師です。
名前を見て「誰だろう」と思った方もいるかもしれません。開業してまだ2年目、決して有名な厩舎ではありません。ただ、この調教師がどういう道を歩いてきた人なのかを知ると、あの一鞍の見え方が少し変わってきます。
今回は、JRA史上初の女性調教師・前川恭子師について整理します。
JRA史上初の女性調教師
まず、この一点だけで十分に特別です。
前川恭子調教師は、JRAの歴史上、初めて厩舎を持った女性です。中央競馬に女性騎手は複数いますが、調教師となると話は別で、前川師が現れるまで一人も存在しませんでした。
調教師は、馬を預かり、スタッフを雇い、馬主と向き合い、厩舎という一つの事業体を回す立場です。騎乗技術とはまったく別の能力が問われます。そこに女性が一人もいなかったという事実自体が、この世界の長い歴史を物語っているとも言えます。
11歳の乗馬から、厩舎を持つまで
経歴をたどると、いきなり近道を通った人ではないことが分かります。
- 千葉県出身。実家の近くにあった牧場で馬に興味を持ち、11歳で乗馬を始めます。
- 大学では馬術部に所属。卒業後は北海道の牧場で働きます。
- 2003年、JRAの厩務員に。翌2004年には調教助手となりました。夫も同じ調教助手です。
- 2023年、調教師試験に合格。そして2025年3月、自身の厩舎を開業します。
牧場、厩務員、調教助手。現場を下から順に歩いてきた人です。11歳で馬に触れてから厩舎を持つまで、およそ30年以上かかっている計算になります。
5度目の受験で開いた扉
ここが、個人的にいちばん心に残った部分です。
調教師試験は、倍率が15倍前後という難関です。調教助手として長く現場にいる人でも、何年も跳ね返され続けることが珍しくありません。
前川師が合格したのは、5度目の受験でした。つまり4回落ちています。女性初という肩書きだけを見ると特別な才能で一気に駆け上がったように見えますが、実際は違う。4回不合格になっても、5回目を受けた人です。
前例のない挑戦を続けるというのは、それだけでかなりの精神力を要します。しかも落ちるたびに「やはり難しいのでは」という空気にさらされたはずです。それでも受け続けた結果が、JRA初の女性調教師という記録になりました。
2025年3月5日、厩舎開業
開業は2025年3月5日。栗東に20馬房を構えてのスタートでした。
ゼロからの立ち上げではなく、実績のある馬を預かる形で始まっています。前日の3月4日に定年で解散した音無秀孝厩舎からは、重賞3勝のモズメイメイが転厩。村山明厩舎からは、2023年の北海道スプリントカップを制したケイアイドリーが移ってきました。いきなり看板馬を任される船出だったわけです。
開業を前にしたインタビューで、前川師は「一期一会」を大切にしたいと語り、「人馬にとって楽しい厩舎」をつくりたいと話しています。経営の理屈ではなく、その場その場の出会いを大事にするという言い方が印象に残ります。
管理人のひとこと
今回、高杉騎手に依頼を出した意図が何だったのかは分かりません。単に手が空いていたからかもしれませんし、馬との相性で選んだのかもしれません。本人が語っていない以上、そこを勝手に想像して書くつもりはありません。
ただ、事実として二つのことが並んでいます。4回落ちても受け続けて扉を開いた人がいて、その人の厩舎が、5週間止まっていた20歳に一鞍を回した。それだけです。それだけですが、なんとなく腑に落ちるものがあります。
開業2年目の厩舎にとって、一鞍一鞍は決して軽いものではないはずです。その一つを誰に託すか。そこには必ず判断があります。
8月23日15時、中京6R。前川恭子厩舎のミッキースターダムと、高杉吏麒騎手。まずは無事に走り終えてほしいと思います。
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