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1. プロローグ:金色の暴君、降臨
先日、「シンザン記念」の記事で、私はこう書きました。 『あのオルフェーヴルですら、シンザン記念では負けている』と。
そう、後に史上7頭目の三冠馬となり、凱旋門賞で世界中を震撼させ、負けレースが何より有名で、ラストランで8馬身差の圧勝を見せた伝説の馬は後にも先にもこの馬以外いません。
その正体は、デビュー当時はどこへ走っていくかも分からない、手のつけられない「暴れん坊」でした。
今回は、日本競馬史上もっとも気性が荒く、もっともドラマチックで、そしてもっとも「人間臭い」馬。 金色の暴君・オルフェーヴルと、彼に運命を狂わされ、愛された池添謙一騎手の物語をお届けします。
2. 「振り落とす」ことから始まった伝説
父はステイゴールド、母の父はメジロマックイーン。
今でこそ「黄金配合」と呼ばれる血統ですが、父ステイゴールド譲りの「激しすぎる気性」は、デビュー戦から爆発しました。
新馬戦、直線で鮮やかに抜け出して圧勝!…した次の瞬間です。
ゴール板を過ぎたところで、彼は背中の池添騎手をあろうことか振り落としました。
「勝ったのに、落とす」 これが、オルフェーヴルと池添謙一の、後に黄金コンビと言われる長く苦しい戦いの始まりでした。
その後も、京王杯2歳Sでは道中で暴走して惨敗。 先日の記事で触れたシンザン記念でも、うまくコントロールできずに2着。
「能力はずば抜けている。でも、まともに走れない」 それが、クラシック前の彼の評価でした。
3. 衝撃の三冠ロード:「強すぎて、バカ」
しかし、陣営は諦めませんでした。 「この馬の背中を知っているのは、池添しかいない」 池添騎手は、調教から彼に付きっきりになり、時には噛みつかれ、時には振り回されながら、彼に「レースとは何か」を教え込みました。
そして迎えたクラシック本番。 オルフェーヴルは、まるで別の馬のように覚醒します。
- 皐月賞: ぶっつけ本番の不利を跳ね返し、荒れた内側を突いて完勝。この4番人気以降、引退までの全てのレースで1番人気を取り続ける伝説の始まりでした。
- 日本ダービー: 不良馬場(泥んこ)の中、他馬が止まって見えるほどの末脚で圧勝。
あっという間に「二冠」を達成。 そして迎えた三冠最終戦、京都3000mの菊花賞。
単勝1.4倍。誰もが「三冠達成」を確信する中、彼は圧倒的な強さで先頭でゴールを駆け抜けました。 史上7頭目、ディープインパクト以来の三冠馬誕生!
スタジアムが「池添コール」に包まれた、その時です。 ウイニングランに向かおうとしたオルフェーヴルは、またしても池添騎手をラチ(柵)に向かって投げ捨てたのです。
「こんな三冠馬は見たことありません!馬上にジョッキーはいません!これがオルフェーヴルです!!」 実況アナウンサーが叫びました。 三冠を達成した直後に、騎手を振り落とす馬なんて、過去にも未来にも彼しかいないでしょう。
ファンは呆れながら、そして爆笑しながら、この「愛すべきバカ」の虜になりました。
出典:カンテレ競馬公式チャンネル【オルフェーヴル】2011年菊花賞 史上7頭目の三冠制覇
4. 凱旋門賞への挑戦:「日本が世界一に一番近づいた日」
4歳になったオルフェーヴルは、日本にもう敵はいないと判断し、世界最高峰のレース・フランスの**「凱旋門賞」**へ挑戦します。 (※この遠征では、現地の名手スミヨン騎手が手綱を取りました。池添騎手はサポート役に回るという、苦渋の決断でした)
レース本番、最後の直線。 大外からまくり上げたオルフェーヴルは、世界の名馬たちが止まって見えるほどの凄まじい脚で先頭に立ちました。 誰もが「勝った!」「日本の悲願達成だ!」と叫びました。
しかし、先頭に立って「一頭」になった瞬間。 彼は気を抜いたのか、内ラチの方へ急激によれて失速してしまいます。 その隙を突かれ、牝馬のソレミアにクビ差だけ差し返されたところが、ゴールでした。
「オルフェーヴルだ!やったー!!……あぁーーっと!!」 日本中の競馬ファンが天国から地獄へ突き落とされた瞬間。
あんなに強かったのに。最後にただ真っ直ぐ走っていれば勝っていたのに。 その「未完成さ」ゆえの敗北は、今でもファンの間で語り草となるトラウマであり、伝説です。
5. 伝説の阪神大賞典:「止まったのに、また走った」
凱旋門賞の翌年、復帰戦となった阪神大賞典(G2)で、彼はとんでもない事件を起こします。
「オルフェーヴルといえば阪神大賞典だよね」と言うファンも多い迷?レースです。
レースの途中、3コーナー付近で、彼は走るのをやめようと減速しました。 「故障か!?」と場内がざわつく中、彼は完全に群れから離れ、トボトボと歩くようなスピードになり……。
しかし、そこから池添騎手が必死に促すと、彼は「え?まだ走るの?」と思い出したかのように再加速。 最後方から猛然と追い上げ、なんと2着まで巻き返してしまったのです。
「レース中に一度止まって、また走り出して2着」 もはや漫画でもボツになるようなハチャメチャな展開。 このレースで、彼は「常識」という言葉を完全に破壊しました。
6. ラストラン:「やっぱり、お前が一番強い」
そして迎えた引退レース、2013年の有馬記念。 鞍上には、フランス遠征などで一度は降ろされたりもしながら、最後に戻ってきたパートナー・池添謙一。
「最後くらい、ちゃんと走ってくれよ」 ファンの願いは、最高にカッコいい形で叶えられました。
4コーナーで早めに先頭に立つと、そこからは独走。
後ろから来る馬を突き放し、突き放し、突き放し、終わってみれば8馬身差。
G1・有馬記念で、8馬身。 強豪たちが集まるグランプリレースで、これはあり得ない着差です。
ゴール後、池添騎手はオルフェーヴルの首を抱いて泣いているようにも見えました。 そして、恐る恐るウイニングランを行い、最後は無事に下馬。 その瞬間、スタンドからは「ありがとう!」の声と共に、万雷の拍手が送られました。
出典:「強すぎる!これがラストランなんて信じられない」オルフェーヴル《有馬記念》
7. 愛さずにはいられない名馬
オルフェーヴルとは何だったのか。 それは、「強さと脆さ」が同居した芸術品でした。
優等生ではありません。 騎手を振り落とし、レース中に止まり、凱旋門賞であと一歩届かなかった。
それでも、ラストランで見せたあの圧倒的な強さは、ディープインパクトとも違う、荒々しくも美しい栗毛の「暴君」の輝きでした。
そして、その背中にはいつも、彼をなだめ、叱り、共に戦った池添謙一がいました。
「彼がいなければ、三冠はなかった」 「彼じゃなければ、この馬は御せなかった」
もし、タイムマシンに乗って「一番面白い馬」を見に行けるなら、私は迷わずオルフェーヴルの時代を選びます。
この金色の暴君が刻んだ物語は、それほどまでに強烈で、愛おしいのです。



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