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1. 2000年、ミレニアムの奇跡
競馬には時々、「神様が脚本を書いたのか?」と思うようなレースがあります。
2000年5月28日、東京競馬場で行われた第67回日本ダービーは、まさにそれでした。
主役は二人の騎手とお手馬。
一人は、河内洋(かわち・ひろし)
「騎乗技術の教科書」と呼ばれた20近くのG1を制覇している大ベテランでありながら、唯一「ダービージョッキー」の肩書きだけが獲れずにいた男。引退も近い年齢でした。
もう一人は、武豊
河内洋と同じ調教師の元で育ち、競馬の基礎は河内に習ったというほど、兄弟子河内を本当の兄のように慕い、育ってきた若き天才。
◇河内の乗る馬は、アグネスフライト。
母アグネスフローラはG1を制しておりで当時の騎手も河内でした。親子でのクラシック制覇が掛かった一戦に挑むことになります。
◇武の乗る馬は、エアシャカール。
すでに一冠目皐月賞を圧倒的な末脚で勝利していました。そして当時から天才と言われる武豊は前年と前々年の日本ダービーを勝っており、ダービー三連覇を目指しトップジョッキーとしてのプライドを掛け二冠目に挑むレースとなりました。
そんな複雑な想いが交錯する中、ゲートが開きました。
2. 直線、二人の世界
レースは最後の直線。 先に抜け出したのは、天才・武豊が乗る皐月賞馬、エアシャカールでした。 「やはり天才か。やはり今年も、河内の夢は散るのか」 誰もがそう思った瞬間です。
大外から一頭、白い馬体が矢のように飛んできました。 河内洋と、アグネスフライトです。
ここからの約10秒間、東京競馬場の14万人は息をするのを忘れました。
そして、フジテレビ・三宅正治アナウンサーの実況が、競馬界の歴史を刻みます。
【以下実況再現】
(残り200m)
エアシャカール! 豊先頭か!
外からアグネスフライト!外からアグネス!外からアグネス!
河内の夢が飛んでくる!! 河内の夢が飛んできている!!
エアシャカールか! エアシャカールか! アグネスか!アグネスか!
河内の夢か!豊の意地か!どっちだーーー!!!
豊のV3か!河内洋の悲願のダービー制覇か!
3. わずか7cmの「夢」
この実況の通り、ゴール板を駆け抜けた瞬間、どちらが勝ったのか誰にも分かりませんでした。 完全に並んでいたからです。
内のエアシャカール(武豊)か。 外のアグネスフライト(河内洋)か。
長い長い写真判定の時間。 電光掲示板に一番上に灯ったのは、アグネスフライトの馬番でした。
その差、わずか7cm(ハナ差)。 距離にして2400m走って、決着がついたのは指一本分の差でした。
アグネスの勝負服が一番似合うと言われた河内、17度目の挑戦でダービー制覇となりました。
4. レース後のドラマ
検量室で、負けた武豊騎手は、悔しさを押し殺して、誰よりも先に河内騎手に歩み寄り、こう言ったそうです。
「おめでとうございます」
ずっと背中を追い続けてきた兄弟子への、心からの祝福。 そして河内騎手も、悲願のダービージョッキーとなり、男泣きを見せました。
5. まとめ
2000年の日本ダービー。 それは、ベテランの執念が天才の才能を、わずか7cmだけ上回った奇跡の瞬間でした。
このレースの映像を見るたびに思います。
「競馬とは、人の想いが走っているのだ」と。
もし未見の方がいたら、ぜひ動画を見てください。 最後の「河内の夢が飛んでくる!」はきっと鳥肌が立つはずです。
出典:カンテレ公式チャンネル【河内の夢か豊の意地か】アグネスフライトの名レースをもう一度


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